コーラもポテチも「ミス」と「クレーム」から誕生した!
====前回ポイント=============
★「トラブル・失敗・ミス」は大きな成功を呼ぶ
キッカケに成り得る。
★「ノーベル賞」も、ミスがキッカケでの発見
が多数ある。
★ポイントは「ミス」から「何を見出せるか」にある。
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☆☆☆今日のテーマ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ミス・クレームから世界的な製品が出来た事例
1.コカ・コーラ
2.ポテトチップス
3.ポスト・イット
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コカ・コーラ、誕生秘話
世界中でコカ・コーラを知らない人は
いない程、ロングセラーの清涼飲料水です。
このコカ・コーラが誕生したのは
1886年、アメリカのジョージア州アトランタ
で、薬剤師のジョン・ペンバートン博士が
あくまで「薬用」として発明しました。
かつ麻薬中毒者が多数出て社会問題化していました。
そんな時代なのでお酒の代わりになり、かつ
薬にもなるモノを薬剤師のジョンは模索していました。
コカの葉とコーラの実に「水」を混ぜて
試作を繰り返していたが、
ちょっとした間違いで手元が狂い
原料に『水ではなく』【炭酸水】を入れてしまい
最初は「失敗した!!」
と捨てようとしたが、物好きな従業員が
一口飲むと、これが何とも言えない美味で
今まで飲んだことの無い「清涼感」がありビックリ。
そこで、ジョンは一杯5セントで売り出したのが
コカ・コーラの始まりです。
売上は、1日たったの9杯だったが、
約134年後の現在、約19億杯以上の
コカ・コーラ社製品が世界中で愛飲されています。
当初の目的は「薬」だったこと、と
「ミズ=水」を加えるところ、誤って【炭酸水】
を入れる・・・
という二重の「トラブル」があったからこそ
世界中で愛されている現在のコカ・コーラが
あるのです。
ここで注目すべきは、間違って「炭酸水」を
入れてしまい「失敗」したのに
好奇心から「飲んでみた」ことです。
ポテトチップスの誕生は?
「ポテトチップス」がどうやって誕生したか、
知ってますか?
ポテチは、日本でも老若男女、知らない人はいない
ほどポピュラーなスナック菓子です。
この「ポテトチップス」が、誕生したのは
アメリカの大富豪とヤケクソ・シェフの
組み合わせだったのです。
1853年に、セレブ御用達のニューヨーク州は
サラトガ・スプリングスのホテルで
料理人のジョージ・クラムが、当時アメリカ屈指の
大富豪に「フライドポテト」を出しました。
このフライドポテトは、クライムの自慢の一品だったのですが
それを食した大富豪が
「このフライドポテトは、ぶ厚すぎて、食えたもんじゃない! もっと薄くしてくれ!」
と、フライドポテトが「厚すぎる」とクレーム・・・
クライムは、薄くしたフライドポテトを出しますが
何度出しても、「まだ厚すぎる」の繰り返し・・・
とうとう、頭に来てヤケクソになったクライムは
これ以上絶対に薄く出来ない紙の様なフライドポテトを
揚げて
「ざまあみろ!フォークで切れないだろう!!」
と内心思ったのですが、なんとこれが
「美味い!! これだよ、これ!!」
と大富豪のみならず多くのお客さんに大好評!
クライムは、ヤケクソで「ポテトチップ」を偶然作ったのですが
後年、「ポテトチップ」専門店を出したほど、大ヒット!
こんなウソみたいな偶然で、おやつや、お酒のツマミに
欠かせない現在の「ポテトチップス」が生まれたのです。
何が幸いするか、分からないものです。
大失敗作が、世界的な大ヒット商品になった
最後の実例は「ポスト・イット」です。
ポストイット、誕生秘話
「ポスト・イット」は、今では事務所に必ずありますよね。
研究員スペンサー・シルバーが1969年に
「絶対に剥がれない接着剤」を開発しようとしていました。
しかし、何度やっても「絶対に剥がれない接着剤」は
出来ず、失敗作の山になっていました。
そんな失敗作の中に
「良く付くけど、すぐに剥がせる」
変わった接着剤もありました。
スペンサーは失敗作である「良く付くが、簡単に剥がせる」
接着剤は、何かに使える、、と思い
同じ研究員のアート・フライ氏に見せました。
フライは「こんな接着剤、使える訳ないじゃん・・」
とケンモホロロでNG・・・
このまま、この変わった接着剤はお蔵入りするか・・
と思われていたのですが、
5年後に、教会の讃美歌隊だったフライ氏が
讃美歌集にしおりを挟んで練習する習慣がありました。
このしおりが、いつも落っこちて、いつも
イライラしていました。
そんな時に、フライ氏は5年前に見た
シルバーの作った「良く付くが、すぐに剥がせる」
接着剤を思いだし、
「あれを、讃美歌集のしおり」にすれば
とっても便利だ!!
と閃いたのです。
そこから、商品化までは、マーケッターの
反対や、最初は全然受け入れられなかったり・・
製造部門からは「こんな変わった接着剤を製品化
するのは無理だ」と反対されました。
だがシルバーは、逆に「そんなに作るのが難しいのなら
我が社で製品化すれば、他社には真似が出来ない!」
と喜んだそうです・・・
紆余曲折あり、一時は3M社内で「このプロジェクトは中止!」
の寸前まで行ったのですが
シルバーとフライの執念で
大手企業の会長や社長秘書に「無料で配り」
大好評を得て、とうとう
1980年、この奇妙な接着剤は
「良く付くが、すぐに剥がせる付箋紙」
ポスト・イットとして全米に販売され
大好評を得て、世界中に広がったのです。
ポスト・イットは失敗作を、閃きと執念で
世界的ヒット商品にした良い例です。